認知症によって生じる症状の1つに、見当識障害と呼ばれるものがあります。
この症状はせん妄と呼ばれる症状とも似ている部分があり、見分けがつきにくい部分もあります。
この記事では、見当識障害がどのような症状なのか、そしてその原因や適切な対処法などについて解説します。
見当識障害とは
見当識障害とは、現在の時間やいまいる場所、そして周囲にいる人物が正しく認識できなくなってしまった状態のことをさします。
通常であれば、日が暮れた時間になっていれば現在時刻が夜であることがわかりますが、見当識障害が発生していると現在時刻を昼間と勘違いして外出しようとしたり、自宅にいるのに、そこがどこか別の場所だと思って帰宅しようとしたりという行動へとつながる場合があります。
見当識障害は認知症の中核症状のひとつであり、認知症の進行により誰にでもあらわれる可能性のあるものとなっています。
認知症における中核症状とは
認知症によって生じる症状は、大きく中核症状と周辺症状という2つに分類されます。
中核症状は認知症による脳の変化によって直接的に生じる症状で、見当識障害のほかに、物忘れが激しくなるなどの記憶障害や、物事を順序だてて行うことが困難になる実行機能障害、言葉が出てこなくなる言語障害などが該当します。
そもそも認知症というのは脳細胞が何らかの原因によって破壊されていくことで、脳が持つ機能を正常な状態に維持できなくなる症状です。
認知症のなかでも特に割合が多いアルツハイマー型認知症は、脳にアミロイドβというたんぱく質が蓄積され、それが脳の神経細胞を破壊することで、脳が委縮して発症します。
脳の神経細胞が破壊されることで直接脳の働きが正常ではなくなってしまい、これによって発生する症状が中核症状なのです。
そのため、中核症状は認知症が進行することにより、誰でも生じる可能性がある症状とされます。
一方、周辺症状は、中核症状に加え、認知症となった方の性格や生活環境、その時々の心理状態などによって現れる症状です。
周辺症状には妄想や幻覚、うつ状態や意識の低下、そして徘徊や、自傷、または他害といった行為などが含まれます。
これらの周辺症状は、脳の機能が正常ではなくなったというだけで発生するものではないため、認知症が進行しても、症状が出る人と出ない人がいます。
せん妄と見当識障害の違い
せん妄は、何かしらの要因によって異常な精神状態となり、情報を正常に処理できない状態となることを指します。
せん妄は認知症によって発生するという状態ではなく、手術による身体への大きな変化や薬の服用、脳の血管の障害や身体疾患などによって生じるものとなっています。
せん妄では意識障害や幻視、錯視、睡眠障害といった状態が現れるほか、見当識障害もせん妄によって現れる状態の1つです。
見当識障害などを含めた、精神の錯乱状態を広く示す言葉がせん妄といえるでしょう。
認知症の中核症状として現れる見当識障害の場合、加齢などによって徐々に症状が出てくるのに対し、せん妄の場合は手術や薬による治療を行った後など、状態の発生タイミングが明らかな場合も多いといえます。
見当識障害の症状
見当識障害による症状やトラブルには、さまざまなものがあります。
ここでは、その一部を具体例とともにご紹介します。
時間の見当識障害
今現在の時間間隔がなくなり、何時だかわからなくなってしまうのは、見当識障害の1つです。
時間がわからないといっても、単に時計を見ていないだけとかそういうものではなく、時計や外の様子をみても、今現在が朝なのか昼なのかがわからなくなるというもので、時間間隔がズレることによってこうした状態が発生します。
また、時間だけではなく季節や日にち、年といったものがわからなくなり、カレンダーをみても理解できなくなってしまうといった状態になる場合もあります。
現在の年や季節がわからなくなるため、退職していることを忘れて仕事に行こうとしたり、冬なのに夏の服装をしてしまったりといった状態などが生じます。
場所の見当識障害
場所の見当識障害は、今いる場所がどこなのかが理解できなくなってしまうという状態です。
よくあるケースとして、自宅にいるのにそこが自分の家と認識できなくなり、自宅に帰りたいという発言につながるといったものがあります。
場合によっては、どこかにある自宅に帰ろうとして家を飛び出してしまい、家を出た後でさらに自分がいる場所がわからなくなって、徘徊や行方不明につながってしまうということもあります。
その他にも、軽度のケースでは自宅内にあるトイレの場所や、食事をする場所がわからなくなってしまい、自宅内で迷子になってしまうケースや、外出先で目的地がわからなくなって迷子になってしまうといったケースなどがあります。
人物の見当識障害
接している人が誰なのかを正しく認識できなくなってしまうのが、人物に対する見当識障害です。
自分の家族なのに、知らない誰かに思えてしまい、パニックになって怒声を浴びせるといったケースにつながる場合などがあります。
自分の子どもと孫を混同してしまったり、そもそも自分に配偶者や子どもがいるといったことを忘れてしまうような状態が発生するケースがあります。
逆に、まったく知らない誰かを自分の親族と思いこんだり、架空の人物の話をはじめたりするといった場合もあります。
見当識障害により生じる心理的な影響
見当識障害は、周囲にいる人からみれば、認知症の人がおかしくなってしまっているという状態ですが、認知症を患っている本人にとっては、正常な認識をしている状態です。
つまり、自分の認識がおかしいのではなく、周囲の状況が突然変わってしまったという感覚でいるため、とても大きな心理的ストレスがかかってしまいます。
例えば場所と人物に対しての見当識障害が発生していたら、本人の認識では突然知らない場所に1人で放り込まれた状態になっているのです。
こうした強い不安やストレスから、周囲に対しての異常行動に出てしまうなどの状態につながり、さまざまなトラブルが生じる場合もあります。
見当識障害によるトラブル
見当識障害によって生じることの多いトラブルの1つが徘徊です。
徘徊は目的もなくさまようこととも言われますが、認知症における徘徊は、本人にとっては何かしらの目的をもって行動をしていることが多く、適切な対応をしないと悪化する可能性もある症状となっています。
徘徊と見当識障害の関係としては、まず場所の見当識障害によって自宅へ帰ろうとして家を出てしまったり、時間の見当識障害によって、会社などに行こうとして外出してしまうといった点にはじまり、自宅への帰りかたがわからなくなって外を迷い続けてしまうといった影響などがあります。
また、人物の見当識障害によって、自宅での居心地が悪くなって外に飛び出してしまうというのも、徘徊の原因の1つとなります。
徘徊のほかにも、介護をしてくれている人のことを認識できなくなって、不安感から罵声や暴力をふるうといったトラブルにつながることもあります。
見当識障害の対応方法
見当識障害があらわれている認知症の方に対しては、適切な接し方をしないと信頼関係が失われて介護に支障をきたしてしまう可能性があったり、症状を悪化させてしまうといった状態につながる可能性があります。
見当識障害が出ている場合の接し方や、対応を行ううえでの注意点などについて解説します。
見当識障害が発生しているときの接し方
見当識障害が発生しているときには、まず第一に相手の気持ちを傾聴することが大切です。
認知症の状態にある人の言葉は、周囲からすれば理解のできないおかしな内容である場合が多いといえますが、認知症の方本人にとっては、自分ではなく周囲がおかしいという認識にある状況です。
その状況で、周囲から本人の発言の間違いなどを指摘しても、状況は改善しにくいですし、むしろ混乱して興奮状態となってしまい、状況が悪化する可能性もあります。
まずは本人の声をよく聞いて、現状をどのように認識しているのかを受け止めたうえで、不安に感じていることを解消してあげるようにすると、気持が落ち着いて状況を正しく理解できるようになることもあります。
それでも状況が落ち着かず、興奮が強くなってしまうような場合には、外出によって生じる徘徊などに気を付けながら、物理的、心理的に距離をおいてみることも1つの方法です。
もし外出をしてしまうようなら、一緒にしばらく歩いてみるのもよいでしょう。
または、お菓子やお茶をすすめるなどして気をそらすことで、気持ちが落ち着いて症状が軽減する場合もあります。
見当識障害の人にしてはいけないこと
見当識障害が生じている人にしてはいけないことは、頭ごなしに否定する行為や、行動を無理に引き留めるといったことです。
本人にとっては正しい認識のもとでの発言や行動ですので、周囲から否定されると興奮状態が強くなり、状況が悪化してしまう可能性が高くなります。
場合によってはエスカレートして自傷や他害といった状態につながってしまうこともありますので、なるべく否定はせず、間違えていると思うことでもまずはしっかり聞くようにしましょう。
また、見当識障害の影響で遅刻してしまうなど何か失敗が生じた際も、責めたりしないことが大切です。
失敗をせめられると自信喪失につながり、意欲の低下や信頼関係の悪化といった状況から認知症の悪化につながる可能性もありますので、せめるのではなく、共感するような声かけを意識しましょう。
見当識障害を悪化させてしまうケース
前述のように、発言を否定されたり、失敗を責められたりすると、それがストレスとなって認知症の進行を早め、症状を悪化させてしまう可能性があります。
また、怒られることなどによって関係性が悪化してしまうと、信頼が失われて居心地が悪く感じやすくなり、見当識障害が生じやすくなる場合もあります。
見当識障害の改善や予防のためには、本人が安心して過ごしやすい環境を作ることが大切です。
見当識障害の予防、リハビリ方法
見当識障害が生じることを予防したり、リハビリを行うための方法について解説します。
見当識障害を予防するための方法
見当識障害は、脳の変化によってものごとの認識が正常に行いにくくなる状態ですが、脳の機能が完全に失われるというものではありません。
そのため、時間や場所など、なるべくわかりにくい状態にならないように工夫をすることで、見当識障害が生じることの予防が可能です。
例えば、時間がわからなくなってしまうようであれば、デジタル式で見やすい時計を用意するようにしたり、カレンダーもわかりやすいものを用意しておくと、時間間隔を取り戻しやすくなります。
時計やカレンダーを置く場所も、できれば家の中の見やすい場所に複数用意し、時間や日付を確認する週間をつけるとよいでしょう。
場所については、自宅の内装が大きく変わると認識がしにくくなるので、なるべく配置をおおきく変えないようにしたり、慣れ親しんだものを身の回りに置くようにするといった工夫や、家の中のわかりやすい案内図などを用意しておくといった方法があります。
自宅のなかでもよく利用するトイレなどについては、ベッドからの道順をわかりやすく表示しておくなど、すぐに思い出せるようにしておくことも有効です。
上記のような工夫のほかにも、適度な運動習慣や、栄養バランスのよい食事、そして生活リズムを整えるといった対策は、認知症の進行を予防するための手段となりますので、まずは生活習慣の見直しからはじめるようにするとよいでしょう。
見当識障害によるトラブルを軽減する方法
見当識障害が出てしまったとしても、素早く状態を回復させたり、トラブルにつながるようなことがおこらないようにしておけば、安心感のある生活がおくりやすくなります。
例えば、見当識障害によって発生するトラブルの1つである徘徊に対しては、限界に大きな姿見を設置するなど、自宅を出る直前に本人の気を引きやすいような対策をしたり、ドアをあけたときにチャイムがなるようにするなどの工夫が考えられます。
見当識障害を改善するリハビリ方法
見当識障害のリハビリでは、時間や場所、人といったそれぞれに対して、意識的に見直しを行うような行為をする方法が有効です。
例えば、時間に対しては時計やカレンダーをいろいろな所に設置して、頻繁にチェックするような週間を作るといった方法が有効です。
また、場所の見当識については、散歩などを行って、いろいろな場所を目にする機会を増やすことなどが挙げられます。
人の見当識については、写真などをみながらその人の話をするなど、親しい人についての話をしたり、きいたりすることが適度な刺激となって、リハビリ効果につながります。
まとめ
見当識障害は認知症の中核症状としてだれにでも生じる可能性があるものです。
本人のなかでは正しい認識にいるため、周囲からの否定などはストレスになってしまうことが多く、症状を悪化させる可能性もあるので注意が必要です。
適度な運動や散歩など、生活習慣の見直しやよい刺激によって症状を軽減することも可能ですので、医師などに相談しながら適切なケアを行うようにしましょう。