最近、「会話がうまく噛み合わない」「親が何度も同じ話を繰り返す」、そうした違和感に、戸惑った経験はないでしょうか。
会話は、人と人とが関わり合い、よりよい生活を送るための大切な手段です。日常のやりとりのなかで、認知症の初期には、それまでとは少し違う様子がみられることがあります。
本人が思いがけないストレスを感じたり、周囲が戸惑いや違和感を覚える場面もあるでしょう。こうした変化に気付くことが、早期発見やサポートにつながる第一歩になります。
この記事では、認知症の初期に現れる会話の変化やその背景、コミュニケーションの工夫、受診の目安、検査や治療方法について解説します。
初期の認知症で現れる会話の変化
私たちが日常的に行っている会話には、言語を選ぶ力、聞き取る力、相手の意図をくみ取る注意力、記憶力、話すための口や喉の動き、気持ちの状態など、じつに多くの脳の働きが関わっています。
認知症になると、こうした機能が少しずつ低下していき、それに伴って会話のしかたにも変化がみられるようになります。
ここでは、初期の段階でよくみられる会話の変化について、具体的にご紹介します。
言葉に詰まりやすくなる
認知症のなかには、言葉をうまく使えなくなる失語という症状がみられることがあります。脳の言語機能をつかさどる部分に障害が起こることで、言葉がなかなか出てこなかったり、聞いた言葉の意味が理解できなかったりする状態です。
そのため、言いかけたまま話が止まる、返事ができずに沈黙が続く、といった様子がみられます。
数分前の会話を忘れてしまう
認知症で記憶力が低下すると、特に新しいことを覚えにくくなります。例えば、買い物に行くと伝えて間もないうちに、再び行き先を尋ねられるような場面が出てきます。
こうした短期記憶の障害により、会話のつながりが途切れがちになり、本人も周囲も戸惑うことが増えてきます。
また、忘れてしまったことを隠そうとして、話題をすり替えるような返答をすることもあります。
会話が噛み合わない
物事を順序立てて考え、必要な情報を整理して伝える力が弱くなることで、会話がうまく組み立てられないことがあります。質問に対して答えがずれていたり、話の流れに合わない話題を突然持ち出したりするなど、会話が噛み合わない場面が出てきます。
例えば、夕食について尋ねたのに、散歩の話が返ってくるといったことがあります。
短時間に同じ話を繰り返す
少し前に話した内容を思い出せず、同じ話を何度も繰り返すことがあります。例えば、短い間隔で「週末に息子と食事した話」を何度も口にする、といった具合です。
このような繰り返しは、記憶力の低下だけでなく、話の構成がうまくできなくなることも関係しています。話題を切り替えるのが難しくなり、本人自身もどう続けてよいかわからなくなっていることがあるのです。
認知症の初期症状で会話に問題が生じる理由
ではなぜ、認知症の初期に、このような会話の変化がみられるのでしょうか。
認知症では、脳の働きに障害が起こることで、記憶力や思考力、判断力といった認知機能が少しずつ低下していきます。
結果として、初期の段階から、新しい情報を記憶する力、状況を把握する見当識、自分の考えを整理して行動につなげる実行機能、そして言葉を理解したり話したりする能力が損なわれやすくなります。これらの機能の低下は、記憶障害、見当識障害、実行機能障害、失語などと表現されます。
こうした障害は、認知症の中核症状と呼ばれ、認知症に共通してみられる基本的な特徴です。
例えば、会話のなかで「さっき言ったことを忘れてしまう」「話の順序がうまくつかめない」「言葉に詰まる」といった変化は、この中核症状が大きく影響しています。
さらに、不安、不眠、意欲低下、抑うつ、幻覚など、感情や行動に関わる変化が加わることがあります。
これらは、認知症の行動・心理症状(BPSD)と呼ばれ、中核症状と重なり合うことで、本人のコミュニケーションの意欲や集中力を低下させ、会話をより難しくしてしまう要因となります。
このように、認知症では複数の脳機能が同時に低下し、互いに影響し合うことで、会話を理解し、言葉でやりとりする力が損なわれていきます。
そのため、初期の段階から、さまざまな会話の困りごとが生じるのです。
初期認知症の患者さんと上手にコミュニケーションをとるコツ
初期認知症の患者さんと、周囲の方がうまくコミュニケーションを取っていくには、どのようなことに気をつければいいのでしょうか。
認知症の方との会話では、ちょっとした工夫を加えることで、本人が「安心して話せる」と感じられるようになります。また、まわりの方も、気持ちにゆとりをもって接することができるようになるでしょう。
ここでは、会話がスムーズに進みやすくなるための具体的なポイントをご紹介します。
どれも、日々の関わりのなかで少しずつ意識できる内容です。
大きな声でゆっくりと話す
まずは、静かな環境を整えることが大切です。テレビや音楽など、集中を妨げる音を避けて、落ち着いた場所で会話をしましょう。
認知症の方には難聴を伴う方も少なくありません。補聴器を使用しているかどうかも、確認しておくと安心です。
声をかけるときは、ただ大きな声を出すのではなく、ゆっくりと、はっきりとした低めの声が聞き取りやすいとされています。
さらに、表情や声のトーンに変化をつけて話すことで、言葉の意味が伝わりやすくなります。
叱らない
会話のなかで話が逸れてしまったり、途中で止まってしまったりすることはよくあります。
それは本人の意図とは関係なく起こるものであり、叱ったとしても状況が改善するわけではありません。
むしろ、叱責は意欲の低下や抑うつを招いてしまうおそれがあります。
たとえ同じ話を繰り返されたとしても、やさしく受け止めて、「そうでしたね」と相づちを打ちながら、次の話題へつなげていくことが大切です。
焦らせない
思うように返答が得られないときに、次々と質問を重ねてしまうと、かえって会話がうまくいかなくなることがあります。
急かされたと感じることで、混乱や意欲の低下につながる場合もあります。
そのようなときは、「はい」「いいえ」で答えられるような簡単な質問に変更する、いくつかの選択肢を提示するなど、答えやすいかたちに工夫するのが効果的です。
集中力が途切れてきたと感じたときには、いったん会話を休んだり、気分転換をしてから再開するのもよい方法です。
ボディランゲージを活用する
言葉だけでなく、身体の動きも会話の助けになります。例えば、話題の対象を指差したり、身振りを交えたりすると、内容が伝わりやすくなります。
また、相手の目を見ながら、落ち着いてゆっくりと話すことで、注意をこちらに向けやすくなり、安心感にもつながります。
言葉と表情、動きをあわせて使うことが、コミュニケーションをより豊かなものにしてくれます。
会話が噛み合わないときの受診サイン
会話がうまく噛み合わないと感じたとき、それは認知症の初期サインのひとつかもしれません。
とはいえ、どのタイミングで医療機関に相談すればよいのか、迷ってしまう方も多いのではないでしょうか。
例えば、言葉がなかなか出てこず、言いよどむ場面が増えた場合や、相手の言葉を理解できていない様子などは、失語による症状が疑われます。
また、少し前に話した内容を繰り返し尋ねるようになったり、質問に対して関係のない答えが返ってくることが多くなった場合は、記憶力や、物事を論理立てて考え実行する力の低下が関係している可能性があります。
その他、小さな声で話すようになった、表情が乏しくなった、以前より怒りっぽくなったといった変化がみられることもあります。
こうした変化は、本人が自覚しにくいこともあるため、周囲の気付きも大切です。
これまでと違うな、と感じることがあれば、一人で抱え込まず、医療機関に相談してみましょう。状態を早めに確認することで、今後の対応や支援の方針が立てやすくなります。
なお、これらの症状が、ある日突然現れた場合は、脳卒中や急性の感染症など、緊急性の高い病気が原因である可能性もあります。そのようなときは、できるだけ早く病院を受診してください。
認知症が疑われる場合の検査方法と治療法
病院での問診や診察の結果、認知症の疑いがあると判断された場合には、必要に応じてさまざまな検査が行われます。
検査の目的は、大きく分けて2つあります。ひとつは、認知症かどうか、またその程度を客観的に評価することです。もうひとつは、症状の原因となっている病気を明らかにし、適切な治療や支援の方針を立てることです。
ここでは、認知症の具体的な検査方法と、診断後の治療法についてご紹介します。
認知症の検査方法
認知症が疑われた際には、より正確な診断と原因の特定を目的とした検査が行われます。
まず、神経学的な診察によって、記憶力や判断力以外の神経機能に異常がないかを確認します。
あわせて、MMSE(ミニメンタルステート検査)やHDS-R(長谷川式認知症スケール)などの簡易検査を用いて、認知機能を数値化し、客観的に評価します。
原因を探るために、血液検査を行うこともあります。例えば、ビタミン不足、肝臓・腎臓機能の異常、甲状腺ホルモンのバランス、過去の感染症の影響などがないか調べます。
さらに、必要に応じて脳脊髄液の検査や脳波検査が追加される場合もあります。
画像検査としては、頭部CTやMRIを使って、脳の萎縮の程度や部位、隠れた脳卒中の痕跡(虚血性変化)などを確認します。
より専門的な評価が必要な場合には、脳血流シンチグラフィ(SPECT)や、MIBG心筋シンチグラフィ、ダットスキャン検査などが行われることもあります。
認知症の治療法
認知症の治療は、その原因や進行の程度によって異なります。医師の指導のもと、適切な薬物療法やリハビリテーションを組み合わせて行うことが大切です。
例えば、日本で最も多い認知症の原因であるアルツハイマー病では、病気の進行を緩やかにすることを目的に、コリンエステラーゼ阻害薬やNMDA受容体拮抗薬といった薬が使われることがあります。
効果や副作用の程度に応じて、薬の変更や追加が行われる場合もあります。近年では、アミロイドβというたんぱく質に対する抗体薬(抗アミロイドβ抗体薬)も登場しています。ただし、使用には症状の段階、検査結果、医療機関の設備などに基づく厳密な条件があり、医師が慎重に判断を行います。
次に多いとされる血管性認知症では、脳梗塞や脳出血といった脳血管障害の再発予防が重要になります。
そのため、高血圧、糖尿病、脂質異常症などの生活習慣病を適切にコントロールし、必要に応じて抗血小板薬や抗凝固薬など、血液を固まりにくくする薬が使われます。
リハビリテーションとしては、理学療法や作業療法を通して、運動機能の維持や持久性の向上、精神的な安定を図ることが期待されます。
また、自宅内の設備や家具の配置に工夫を加えることで、本人の生活を支え、より安全に日常生活を送るための環境づくりにも役立ちます。
言葉の出にくさや会話の難しさがある場合には、言語聴覚療法が行われることもあります。
その他、音楽や絵画、園芸などを通じて生活に彩りを加え、気持ちの安定を促すような取り組みもあります。こうした方法には個人差がありますが、本人が楽しめるものであれば、体調にあわせて取り入れていくとよいでしょう。
まとめ
認知症になると、普段何気なく行っている会話にも変化が現れることがあります。
思うように言葉がまとまらない、うまく伝わらない、相手の話が理解しづらいといった経験は、本人にとって大きなストレスとなるだけでなく、まわりの方々にとっても戸惑いや悩みの種になることがあります。
最近、話が噛み合わなくなった、コミュニケーションが取りづらくなったと感じるような場面があれば、それは認知症の初期段階かもしれません。
気になる症状があるときには、本記事でご紹介した受診の目安を参考にしながら、一人で悩まずに医療機関に相談してみてください。
早めに状況を把握することは、今後の生活をよりよくしていくための第一歩となります。
認知症と診断された後も、周囲の理解と工夫があれば、本人の意思や感情を尊重しながら、穏やかな暮らしを続けることができます。
無理のない範囲で、会話のなかに取り入れられそうなことがあれば、まずは気軽に試してみましょう。