認知症では物忘れだけでなく、「今日は何日?」「ここはどこ?」「この人は誰?」といった状況の把握が難しくなることがあります。こうした混乱は、見当識障害(けんとうしきしょうがい)と呼ばれる症状によるものです。
見当識障害は認知症の初期から現れやすく、不安や混乱を引き起こし、日常生活や周囲との関わりに支障をきたすことがあります。徘徊や帰宅願望といった行動にもつながるため、見当識障害についての正しい理解と、早い段階での対応が求められます。
この記事では、見当識障害の特徴や現れ方、接し方の工夫、生活のなかでできる支援について、わかりやすく解説します。
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見当識障害とは

見当識障害とは、「今が何時で、どこにいて、誰といるのか」といった状況をうまく把握できなくなる状態を指します。認知症の中核症状のひとつであり、本人の安心感や日常生活の自立に大きく関わる重要な機能です。
見当識は「時間・場所・人物」を認識する力
見当識は、時間・場所・人物という基本的な情報をもとに、自分の置かれている状況を理解する力です。私たちは日常生活のなかで、時計やカレンダー、会話の流れ、相手の顔や声などから、無意識のうちにこれらの情報を把握しています。
このような複数の感覚や記憶が連携して働くことで、私たちはスムーズに行動したり判断したりできます。見当識が保たれていることは、安心して暮らすうえで不可欠です。
認知症によって失われる順番と理由
見当識障害は、認知症の初期から現れやすく、一般的には、時間→場所→人物の順に進行します。
最初に現れやすいのは時間の感覚の乱れです。時間は目に見えず、体感や経験に頼る部分が多いため、脳機能が低下すると影響を受けやすくなります。
続いて、場所の認識が不安定になり、自宅なのか病院なのかがわからなくなったり、外出先で迷うといったことが起こります。
さらに進行すると、人物の認識に混乱が生じ、家族を別の方と勘違いしたり、亡くなった方が生きていると思い込むこともあります。
このように、見当識の低下は段階的に進行するため、早い段階で気付いて対応することが大切です。日常のなかで感じる些細な違和感を見逃さず、本人の様子を丁寧に見守りましょう。
認知症における見当識障害の特徴

見当識障害は、認知症の初期から見られやすい症状のひとつで、時間、場所、人物に関する認識が徐々にあいまいになります。それぞれの障害には特徴があり、現れ方にも違いがあります。
時間の見当識障害
最も早く現れやすいのが時間の感覚のずれです。昼夜の区別がつかなくなり、夜間に活動を始めようとしたり、朝にすでに食事を終えたにも関わらず、再度食事を求めるような行動が見られることがあります。また、季節感が乱れ、真夏に厚着をしたり、真冬に薄着で外出しようとしたりするケースもあります。
時間に関する記憶の保持や理解が難しくなり、時刻や曜日などの情報をすぐに忘れてしまう傾向があります。これにより、時間の感覚に基づいた行動が困難となり、生活全体のリズムが崩れていきます。
場所の見当識障害
時間の障害に続いて現れやすいのが、場所に関する混乱です。自宅にいても見慣れた場所であるという認識が持てず、落ち着かない様子を見せることがあります。特に入院や施設入所の直後には帰宅願望として顕著に現れることがあり、自宅へ戻ろうとする行動につながる場合もあります。外出時には、これまで問題なく移動できていた場所でも迷子になることがあり、徘徊のリスクが高まります。
人物の見当識障害
人物の認識があいまいになるのは、時間や場所の見当識障害が進んだ段階で多く見られます。家族の顔はわかっていても、その人物が誰なのかという関係性の理解が難しくなり、過去の記憶と混同してしまうことがあります。
すでに亡くなった家族を現在も生存していると認識することもあり、事実との違いを指摘されることで混乱や不安が生じやすくなります。
見当識障害の始まりのサイン

見当識障害は、認知症の初期から現れやすい症状ですが、加齢の一環と見なされて見過ごされることも少なくありません。日常のなかで見られる小さな変化に気付くことが、早期の受診や支援のきっかけになります。
最初に現れやすいのは時間の見当識の乱れ
初期段階では、時間の情報を正確に理解し保持することが難しくなり、日常生活に支障が出始めます。カレンダーや時計を見ても意味づけができず、現在の時間帯に合わない行動をとることがあります。
朝なのに夕方のつもりで過ごしたり、予定の時間を取り違えたりすることで、本人も混乱を覚えるようになります。これらの行動には不安が背景にあることも多く、穏やかな対応が重要です。
見当識障害の初期症状の特徴
時間の感覚に続いて、場所や人物の認識にもわずかなズレが見られるようになります。最初は違和感程度であっても、見逃さずに注意深く観察することが重要です。
「今日は何曜日?」と何度も尋ねるようになる
短時間で同じ質問を繰り返すようになります。特に通院やデイサービスのある日は不安が強まり、確認の回数が増えることがあります。午前と午後を間違える、夜中に起き出すなど、生活リズムが乱れてくるのも特徴です。
今いる場所に違和感を覚えたり、不安げになる
自宅にいても「帰らなきゃ」と言ったり、「ここはどこ?」と落ち着かない様子を見せることがあります。環境の変化に敏感になり、外出先や入院時に混乱しやすくなる傾向があります。
家族の名前を呼び間違える、昔の人と混同する
顔は覚えていても、関係性があいまいになり、名前を言い間違えたり、親と子を取り違えることがあります。目の前の方を過去の知人と重ねて話す場面もあります。
見当識障害が進行するとどうなる?

見当識障害が進行すると、「今」「どこ」「誰」といった状況を把握するのがさらに難しくなり、日常生活だけでなく、感情や行動にもさまざまな影響が現れてきます。そうした変化に適切に対応するためにも、症状の背景を理解しておくことが大切です。
日常生活への影響
時間の感覚がさらに乱れると、朝と夜の区別がつかず、深夜に着替えて外出しようとしたり、食事をした直後に「まだ食べていない」と言うことがあります。日常の行動がバラバラになり、生活リズムも崩れがちです。
場所の認識も不確かになり、自宅にいても「ここにいたくない」「家に帰る」と訴えたり、実際に外へ出ようとする行動(帰宅願望)が増えます。外出時には道に迷い、徘徊につながるリスクも高まります。
本人にとっては、時間と空間の地図を失った状態で過ごしているようなもので、不安感や混乱は想像以上に大きなものです。
感情面への影響
見当識のずれにより、予定や状況を把握できずに「聞いていない」「騙された」と思い込むことがあります。これにより、不安や怒り、恐怖といった感情が強く現れやすくなります。「どうしてここにいるの?」「誰も教えてくれない」と訴えたり、急に泣き出したり怒ったりすることもあります。
ほかの中核症状や周辺症状との関係性
見当識障害は、記憶障害や判断力の低下とも関係が深く、行動・心理症状(BPSD)を引き起こす要因にもなります。
例えば、家族を他人と思い込み、泥棒と疑ったり、「ここから出たい」と言って外出しようとするなど、混乱や妄想、徘徊などの行動につながることがあります。
また、昼夜の感覚が乱れ、夜間に眠れずに活動する昼夜逆転や、朝なのに寝間着で過ごすといった生活のズレも目立ち始めます。見当識障害は単体ではなく、認知症のほかの症状と複雑に絡みながら進行します。
認知症の見当識障害がある方と接する際のポイント

見当識障害がある方と接するときは、事実を訂正するよりも、本人の感じている不安に寄り添うことが大切です。本人の認識と現実が食い違っている状況では、否定や説得が逆効果になることもあります。ここでは、安心感を優先した接し方と、介護する側の視点について紹介します。
否定せず寄り添う
本人が「学校に行かないと」「母が迎えに来る」と話すとき、それが現実とは違っていても否定しないようにしましょう。「もうそんな年じゃないよ」「お母さんは亡くなったよ」と正そうとすると、強い混乱や反発を招くことがあります。
本人の言葉には、その背景に不安や寂しさが隠れていることがあります。「そう感じたんですね」「心配なんですね」と、まずは気持ちに寄り添って受け止める姿勢が安心につながります。
安心感を優先させる
見当識障害のある方は、環境や周囲の方から得られる安心感に大きく影響されます。できるだけ生活環境を一定に保ち、静かな声や落ち着いた表情で接するよう心がけましょう。
また、本人が不安を感じやすい夕方や外出時には、「今は午後3時で、○○さんと一緒にいますよ」など、丁寧に繰り返し説明することも有効です。日々のルーティンを守ることで、見通しが立ちやすくなり、混乱の予防にもなります。
介護者のストレス軽減の視点も大切
同じ質問に何度も答えたり、現実と違う話に付き合ったりするのは、介護者にとって大きな負担になります。こうした対応が続くと、心身ともに疲れてしまうこともあります。
症状によるものと割り切り、必要に応じて距離をとることも大切です。また、家族だけで抱え込まず、訪問介護やデイサービスなどの支援を活用しましょう。
介護者自身の休息やリフレッシュの時間を確保することは、長く穏やかな関わりを続けるためにも必要です。疲れを感じたときには、地域包括支援センターや医療機関に相談することをおすすめします。
認知症で見当識障害が生じたときの生活の工夫と備え

見当識障害がある方にとって、「今」「ここ」「誰」がわからない状況は強い不安につながります。日常生活にわかりやすさと安定感を取り入れることで、本人の安心感を支えることができます。また、医療や介護の支援を早めに活用することも重要です。
生活の工夫
本人が状況を把握しやすくなるよう、視覚的な情報と規則的な生活リズムを整える工夫が効果的です。
時間・場所・人を視覚的に伝える工夫
壁のカレンダーやフロア案内、部屋番号を掲示することでどこにいるのかがすぐにわかる工夫をします。さらに、窓から見える景色や季節の飾り付けを取り入れると、時間の移り変わりや四季を感じることができ、日付や時刻の感覚を自然に保ちやすくなります。廊下や部屋に「午前・午後」や「季節」の表示を設けることで、時間の流れを感じられ、安心感が増します。
カレンダーや時計、名札の活用法
日めくりカレンダーを一緒にめくることで「今日が何日か」がわかりやすくなり、生活のリズムを整える助けになります。大きな文字や午前・午後がわかる時計を使うことで、時間の感覚を保ちやすくなります。さらに、名札をつけると「誰がそばにいるのか」がすぐにわかり、初対面でも安心して会話ができます。名札は大きな文字や写真付きにすると、より親しみやすくなります。
安心できるルーティンや空間づくり
起床・食事・入浴・就寝など、1日の流れをできるだけ一定に保ちましょう。家具の配置や物の置き場所も変えず、本人にとってのいつもの場所を保つことが大切です。室内の明るさ、音の大きさなどにも気を配り、落ち着いて過ごせる環境を心がけましょう。
医療機関への相談と備え
見当識障害のサインに気付いたら、早めに専門家に相談することで、適切な支援や環境づくりがしやすくなります。
見当識障害がある場合の受診の目安
時間や場所、人物の認識のずれが目立ち始めたときは、かかりつけ医や認知症専門医に相談しましょう。早期受診と早期診断は、今後の病状進行を遅らせたり、ほかの症状との関係を把握する手がかりになります。
家族と介護職、地域との連携
介護はひとりで抱えず、デイサービスや訪問介護、地域包括支援センターなどの支援を上手に活用することが大切です。医療・福祉の専門職と情報を共有することで、無理のない支援体制が整います。
まとめ

認知症の見当識障害は、「今が何時か」「ここはどこか」「この人は誰か」といった状況の認識が難しくなる症状です。初期には時間の感覚が乱れ、次第に場所や人物の認識にも影響がおよびます。本人にとっては、日常が不安や混乱に包まれる感覚であり、否定せずやさしく接することが大切です。
時計やカレンダー、名札の工夫や、生活のリズムを整えることで、安心できる環境づくりが可能です。また、家族だけで抱えず、医療や介護の支援を上手に活用することも、穏やかな生活を支えるうえで重要です。