2022年の日本における認知症の有病者数は約443万人、有病率は12.3%となっており、割合としては高齢者の約8人に1人が認知症であるといわれています。高齢化に伴い認知症の方も増加しており、認知症の家族の介護が必要となるケースは珍しいものではありません。本記事では、認知症の介護で知っておきたいこと、介護疲れで限界を感じたときの対処法などポイントを解説します。
認知症について
認知症の症状や治療など、認知症についての概要を解説します。
認知症の症状
認知症の症状は、中核症状と周辺症状に分けることができます。
中核症状には、視覚や聴覚から入る情報が記憶できなくなる記憶障害、自分が置かれている状況がわからなくなる見当識障害、考えるスピードが遅くなったり複雑な思考ができなくなったりする理解力や判断力障害、目標を定め計画を立てて実行することが困難になる実行機能障害、今までできていた動作ができなくなる失行、五感による認知を働かせられない失認、言語行為ができなくなる失語などの認知機能障害などがあります。
一方、周辺症状には、、暴力や暴言、幻覚、妄想、徘徊、不安や気分の落ち込み、意欲低下などがあります。これらの症状は人によって現れ方や程度が異なるのが特徴です。
このように認知症は、脳細胞の死滅や活動の低下などさまざまな原因によって、脳の認知機能が低下し、社会生活が困難になります。高齢者に多く発症しますが、65歳未満で発症することもあります。認知症の主な種類は、アルツハイマー型認知症、血管性認知症、レビー小体型認知症、前頭側頭型認知症の4つです。このうちアルツハイマー型認知症が全体の67.4%を占めています。
認知症の治療
認知症の治療は、症状の進行を遅らせる対症療法と、原因となる病気を治す根本治療があります。
アルツハイマー型認知症など、脳の神経細胞が変性することで起きる変性性認知症の場合は、残念ながら根本的な治療法は見つかっていません。そのため認知症の治療は、症状の進行を遅らせることを目的に行われるのが一般的です。
認知症の治療方法としては、中核症状に対する抗認知症薬、精神薬、抗うつ薬、睡眠薬などの薬物療法が行われることがあります。薬を用いない非薬物療法としては、リハビリや心理療法、その他にも軽い運動や体操、音楽療法、芸術療法、動物セラピーなど、さまざまなアプローチが行われています。
認知症の介護で大変なこと
認知症になると、さまざまな問題行動を起こすことがあります。特に介護の負担が大きい行動について具体的なケースをご紹介します。
徘徊や被害妄想などの周辺症状
認知症の周辺症状である、徘徊行動や被害妄想によって周りにあたり散らす言動によって、介護の負担が大きくなります。
認知症になると、自分が置かれている状況がわからなくなってしまいます。そのため、外にでたまま帰り方がわからなくなってしまう、自宅にいるのに家に帰るといって外出してしまうなどの徘徊行動が見られます。そのため介護をする方にとって、行方を捜したり常に見守っていなければならなかったりと、かなりの負担になってしまうでしょう。
また、認知症患者さんは、勝手な思い込みから被害妄想を訴えることもあります。財布が盗まれた、悪口をいわれたなど、ありもしないことを訴えてくることもあるでしょう。つじつまの合わない話を繰り返す、犯人扱いされるなど、家族にとっては心理的負担が大きくなっていしまします。
暴力や暴言
認知症の症状のひとつに、周囲に対する暴力や暴言を吐いてしまうことがあります。認知機能が低下し、思ったことをうまく伝えられなかったり、感情のコントロールができなくなる状態です。思うようにいかないもどかしさや不安など、さまざまな要因によって人によっては暴力や暴言が出てしまうとされています。
トイレの失敗や不潔な行為
認知症の患者さんは、尿意や便意を感じにくくなり、失禁したり排泄障害を起こしてしまいます。また、おむつの中に手を入れて便を触る、自分でおむつを破いてしまうなど、不潔な行為をすることもあります。
介護者は、おむつ交換のために夜間でも介護をしなければならないケースもあり、身体的にも精神的にも、大きな負担を感じるでしょう。
介護家族がたどる4つの心理的ステップ
認知症の患者さんを介護する家族は、一般的に4段階の心理的ステップをたどるといわれています。この4つの心理ステップを目安にすることで、介護をする家族が置かれている状況を冷静に判断することができます。
第1段階 戸惑い・否定
家族が認知症になった場合、最初は様子の変化に戸惑ってしまい、受け入れることができなくなってしまいます。家族が認知症であると認めたくない気持ちから、すでに発現している症状にも目をつぶり否定しようとすることもあるでしょう。周囲の人には相談ができないと考える方も少なくありませんので、独自に認知症の対処法について情報を集めます。今後のことや介護に対して不安を抱えている状態です。
第2段階 混乱・怒り・拒絶
次の段階は、認知症の症状が進行すると、家族が混乱状態に陥ることも少なくありません。認知症患者さんとの意思疎通ができなくて、怒りを感じることもあるでしょう。介護疲れから、絶望感を持ってしまい、患者さんや周囲の方とのコミュニケーションを拒絶する場合もあります。
第3段階 割り切り・諦め
第2段階を一定期間たつと、認知症患者さんの行動や症状について、仕方がないと割り切り、思いどおりにならないことを諦めるようになります。家族としての負担は残っている状態ですが、少しずつどのように付き合っていくべきかを、前向きに検討していく段階となります。
第4段階 受容
認知症の症状や本人の状況を受け止め、現状を肯定できるようになると、受容の段階になります。認知症の方やその家族である自分を、かけがえのないものとして受容して未来を考えていく段階です。
受容の段階には、誰もがたどり着けるものではありません。一度は受け入れたものの、前の段階に戻ったり、同じ段階に留まったりすることもあります。ですが、認知症患者さんのことを理解して受容できるようになれるということは、介護する家族にとっては希望のひとつにもなります。この段階にまでたどり着いている方がいることを、心に留めておくとよいでしょう。
認知症の家族との接し方のポイント
認知症になると、意思疎通が困難になったり問題行動を起こしたりと、家族が負担を感じる場面が多くなります。接し方のポイントをご紹介します。
穏やかな態度で接する
認知症の患者さんには、原則として穏やかな態度で接しましょう。
認知症の患者さんは、記憶障害、被害妄想、同じ話を繰り返すことがあるため、つい反論したり、怒りをぶつけてしまいがちです。認知症の患者さんは、厳しい対応をされると委縮してしまい、ストレスからさらに症状が悪化することもあります。寄り添うように、穏やかな態度で接することが大切でしょう。
否定せずに受け止める
認知症になると、つじつまが合わない話や、同じ話を何度も繰り返すことがあります。認知症の方が事実と異なる話をしたとしても、それを否定せずに受け止めることが大切です。本人にとっては事実だと思っていることを否定されてしまうと、孤独感や怒りにつながってしまいます。
例えば、誰もいないのに、誰かがいるといい出した場合には、様子を見てきたから大丈夫だと伝えるなど、本人の話は否定せずに受け止め、話に合わせて声かけをするのがポイントです。
わかりやすい言葉で伝える
認知症患者さんの介護をするときには、これから何をするのかを、わかりやすい言葉で伝えることも大切です。説明内容を納得できれば、症状が落ち着くこともあります。ただし、子ども扱いをするのはよくありません。自主性を尊重しながら介護をすることがポイントです。褒める、感謝する、共感するといった肯定的な態度を取りつつ、認知症患者さんの不安を取り除けるような声かけを行いましょう。
認知症の介護はどのくらい続くのか
先行きの見えなさから、認知症の介護に対して不安を感じる方も少なくありません。認知症の介護はどのくらい続くのか、実態について知っていきましょう。
認知症の介護年数は平均で6〜7年
公益社団法人認知症の人と家族の会による2019年の調査では、認知症の介護年数は6〜7年が平均だとされています。ただし、個別の回答を見ると1年のケースもあれば31年続いたケースもあり、認知症の介護年数は個人差が大きいです。10年以上となったケースも3〜4割あるため、長期になる場合も少なくありません。
在宅介護の平均期間は3年
2019年にLIFULLが実施した介護施設入居に関する実態調査では、老人ホームに入居した方が入居前に在宅介護をされていた期間は平均3年でした。在宅介護を行う場合には、訪問サービスやデイサービスなどをうまく利用して、介護する側の負担を減らすこともできます。必要に応じて適切なサポートを受けることも大切です。
介護疲れについて
認知症の介護は、介護者である家族にとっても身体的、精神的負担が大きくなるものです。介護疲れから、本人も家族も共倒れになってしまうこともあります。介護疲れはどのようなときに起こりやすいのか、介護疲れの場合にはどうしたらよいのかを解説します。
認知症の家族の介護に限界を感じるケース
認知症の周辺症状が強く出ている場合に、家族が介護に限界を感じるケースが少なくありません。暴力や暴言、徘徊行動がひどいと、介護者の負担は大きく増えます。
例えば、暴力や暴言の症状が出ると、その場は耐えたとしても、介護をする気がなくなってしまうことがあります。徘徊がひどい場合は、行方不明になったりすることもあります。そのため、常に行動に目を光らせていなければならず、心身ともに疲弊してしまいます。
介護のために、家族が仕事を辞めざるを得ない事態になったり、その結果、収入の減少、生活が苦しくなることで、精神的身体的にも負担が大きくなるでしょう。
介護うつを引き起こすことも
介護に対して疲れ果ててしまうと、介護うつを引き起こすこともあります。介護うつは、介護が原因で発症するうつ病のことで、一般的なうつ病と同じような症状が現れます。
意欲や関心がなくなる、疲労感、食欲低下、不眠などの症状が現れ、今まで楽しめていた趣味に興味がなくなった、疲れているのに眠れない、やる気がなくなったなどの症状が現れた場合は要注意です。真面目、完璧主義、人に頼ることが苦手といった性格の方は、特に介護うつになりやすいと考えられています。
ケアマネジャーに相談を
本人と家族が共倒れにならないよう、介護者ご自身を守ることも忘れないでください。認知症の介護の基本は、ひとりで抱え込まないことで、各自治体にある介護サービスを利用することも大切です。
介護については、介護のプロであるケアマネジャーに相談しましょう。何をしたらよいかわからない状態で相談しても問題ありません。ケアマネジャーは相談から介護サービスにつなぐ調整までトータルでサポートしてくれます。
介護の負担を減らす方法
介護の負担を減らすには、適切な介護サービスを利用することです。
介護度認定の見直し
介護度は必要とされる介護の量によって区分されています。介護の負担が大きくなったときは、介護度認定の見直しを行うことで利用できるサービスを増やすことができます。利用したいサービスがある場合や、負担が増えた場合には、まずはケアマネジャーに相談しましょう。
在宅介護で利用できるサービス
在宅介護を行う場合には、訪問介護サービスの利用が便利です。専門スタッフが自宅に来て必要なケアをしてくれます。入浴や排せつの介助、生活支援など、利用者の状況に応じてさまざまなサポートをしてくれます。
ショートステイの活用
ショートステイは短期入所生活介護ともいい、一時的に施設に入所してケアや支援が受けられるものです。家族の出張や旅行、冠婚葬祭などの用事を済ませたいとき、介護の息抜きがしたいときなどに利用するとよいでしょう。
施設への入居を検討
施設に入居することで介護者に余裕が生まれ、家族としての温かさを取り戻したというケースも少なくありません。本人も家族も幸せに暮らすために、施設への入所を検討するのもひとつの手です。
まとめ
認知症は、暴力や暴言、徘徊といった症状が起きることもあり、介護する家族にとっても身体的、精神的負担が大きくなります。長期的に介護をすることになることも多く、介護疲れから介護うつになってしまうケースもあります。共倒れを防ぎ、認知症を受け入れて温かい家族関係を築くためにも、介護はひとりで抱え込まず、周囲の方や専門の介護サービスを利用することで、介護する側の負担を減らすことが大切です。