食事は栄養を補うだけでなく、毎日の生活に彩りを添える行為でもあります。
しかし認知症の患者さんでは、認知機能の低下に伴って食事の仕方や内容に課題が生じやすく、本人や支える方にとって負担となることがあります。
この記事では、認知症の患者さんが抱える食事の課題を整理し、食事を楽しむための工夫やレシピ、注意点、食事の用意が難しいときの対処法を解説します。
認知症の患者さんが抱える食事の課題

認知症では、認知機能の低下によって食事行為そのものがうまくできなくなることがあります。例えば、スプーンや箸などの食具を正しく使えない、目の前の料理を食べ物として認識できない、同じ動作を繰り返して食事が進まないといったことが起こります。また注意力の低下によって食事に集中できず、途中で席を立ってしまうこともあります。さらに、食べたことを忘れて何度も要求する、逆に「食べたからもういらない」と拒否してしまうなど、記憶障害に基づくトラブルもみられます。
加えて、認知症や加齢によって、空腹を感じにくくなることも指摘されており、これまでの食事スタイルが合わなくなる場合があります。
身体的な変化も食事を難しくする要因です。嚥下障害があると、食べ物や飲み物を飲み込む際にむせたり、誤嚥してしまったりします。その結果、誤嚥性肺炎のリスクが上昇します。また、義歯の不適合やむし歯、口腔衛生不良などのトラブルも、咀嚼のしにくさや食べることへの拒否感につながります。
感覚の変化も課題となる場合があります。味覚の変化や嗅覚の低下によって料理の風味を感じにくくなり、これまで好んでいた食べ物や特定の食品を嫌がることもあります。
さらに、不安や抑うつといった心理的要因によって、食事そのものを拒否したり、食欲がわかなかったりする状態が続くことがあります。
参照:
『認知症診療ガイドライン2017』(日本神経学会)
『All Is Not Lost: Positive Behaviors in Alzheimer’s Disease and Behavioral-Variant Frontotemporal Dementia with Disease Severity』(J Alzheimers Dis)
『Dementia and Nutrition』(VA Health Care)
『Eating well: supporting older people with dementia Practical guide』(Caroline Walker Trust)
認知症の患者さんが楽しく食事を摂るための5つのポイント

認知症の患者さんは、食事にさまざまな課題を抱えることがありますが、工夫によって、食べやすく、楽しい時間に変えることができます。そのために心がけたいポイントがいくつかあります。ここでは、調理方法や盛り付け、本人の好みや外食の取り入れ方、さらに会話や雰囲気づくりといった環境面までを含め、5つの視点から解説します。
食べやすい調理方法を選ぶ
食材を小さく刻んだり、やわらかく煮たり、とろみをつけたりすることで、食べにくさや、誤嚥、窒息のリスクを軽減できます。また、形を小さくすることで、スプーンを使って食事ができることも利点です。
さらに、サンドイッチや果物など、指でつまんで食べられるフィンガーフードを栄養価の高いものから選択するのもよいでしょう。
食欲が湧くような盛り付けにする
盛り付けや食器の工夫も、食欲を刺激する要素です。料理と食器、あるいは食卓との間に明確なコントラストがあると、認知症の方の摂取量が増えるという報告もあります。また、無地のテーブルクロスやシンプルな色の皿は、食べ物を認識しやすくするといわれています。白い皿に濃い色の料理を盛り付けたり、テーブルクロスの色を工夫したりすることで、自然と食欲を引き出せます。色鮮やかな食材を取り入れて彩りを添えることで、目でも楽しめる食卓にすることができます。
おやつや外食を取り入れる
決まった時間におやつを設けることは、食欲を刺激する方法の一つです。間食は必要なカロリーや栄養素を補う役割も果たします。気分転換や社会的な楽しみとして、外食を取り入れるのも一案です。無理なく食生活を続けるために、持病に配慮しながら、適度に甘味を楽しむ工夫も役立ちます。
会話をしながら食事を楽しむ
食事は単なる栄養補給にとどまらず、人とのつながりが感じられる時間でもあります。家族や介護者と一緒に食卓を囲むことで、和やかな雰囲気や親密さが生まれ、食欲の向上も期待できます。気が散ってしまうような騒音や急かすような声かけは避け、穏やかな会話を交わしながら、楽しい時間として食事を支えるのが望ましいでしょう。
本人が好きな食材を取り入れる
長年の習慣や嗜好を反映した料理は、認知症の方に落ち着きをもたらし、食事への関心を高めます。さらに、思い出のある食べ物や好物を取り入れることは、食欲を引き出すきっかけになりえます。一方で、経過のなかで、食の好みが変わることも少なくありません。以前は好きだったから食べるはずと決めつけず、柔軟に対応することは大切です。
参照:『Nutrition and dementia: a review of available research』(Alzheimer’s Disease International)
認知症の患者さんにおすすめのレシピ

では実際に、認知症の患者さんが栄養をバランスよく摂るためには、どのような料理がよいのでしょうか。
認知機能の維持には、炭水化物、タンパク質、脂質をバランスよく組み合わせ、野菜や果物、豆類、魚、ナッツ、海藻などを取り入れることがよいとされています。あわせて、とろみをつけたりやわらかく調理したりするなど、嚥下機能や体調に応じた調整を意識しておくとよいでしょう。
1日の摂取カロリーは朝昼夕でそれぞれおよそ20%ずつを目安にし、残りは間食や補助食品で補うとバランスがとりやすいとされています。
ここでは、それらを踏まえて、朝食、昼食、夕食、おやつに分けておすすめのレシピを紹介します。
朝食
朝の1日のスタートとして、血糖を安定させ、適度なエネルギーを補給できる内容が適しています。熱すぎず適温の雑炊に鮭や豆腐を加えると、魚のDHAやEPA、大豆のタンパク質をやわらかい形で摂取できます。ベリー類を添えたヨーグルトは、カルシウムと抗酸化物質を同時に補給でき、彩りも豊かです。全粒粉のトーストとゆで卵を組み合わせるのもよいでしょう。やわらかく煮た野菜のスープやフレッシュジュースを添えると、バランスが整いやすくなります。
昼食
活動量の多い時間帯には、タンパク質と炭水化物をしっかり補給できる献立が望まれます。野菜や豆類をたっぷり使ったミネストローネと全粒パンの組み合わせは、ビタミンや食物繊維を効率よく摂取できます。葉物野菜やきのこを加えた煮込みうどんも、やわらかく食べやすい一品です。鶏むね肉のグリルや白身魚のソテーに温野菜を添えれば、良質なたんぱく質とミネラルをバランスよく摂れます。さらに、アーモンドやくるみなどのナッツを副菜やサラダに加えると、不飽和脂肪酸やビタミンEも補給できます。
夕食
夕食は消化のよさと満足感の両立を意識するとよいでしょう。白身魚の蒸し煮や、さばの味噌煮などの青魚料理、豆腐ハンバーグの野菜あんかけなどは、やわらかく栄養価も高い主菜です。副菜には海藻や豆類を使った小鉢を添えると、食物繊維やカルシウムの補給につながります。野菜スープや具だくさんのみそ汁を合わせれば、水分補給と身体を温める効果も期待できます。
おやつ
間食は不足しがちな栄養を補い、食べる楽しみを広げる大切な機会です。フルーツ入りヨーグルトゼリーは、口当たりがよく水分補給にもつながります。豆乳プリンにきな粉を添えると、大豆由来のたんぱく質と香ばしい風味を楽しめます。野菜や果物を使ったフレッシュジュースは、ビタミンや抗酸化成分を手軽に摂れる点で有用です。クラッカーにツナをのせた軽食も、つまみやすく高タンパクで便利です。間食は1日2回に分けてもよく、就寝前に温かいミルクなどを取り入れるのもよいでしょう。小袋入りのナッツを少量添えると、携帯しやすく間食として栄養価を高める工夫の一つです。
参照:
『認知症診療ガイドライン2017』(日本神経学会)
『認知症予防のための食事とは』(公益財団法人長寿科学振興財団 健康長寿ネット)
『地中海食の特徴』(公益財団法人長寿科学振興財団 健康長寿ネット)
『Dementia and Nutrition』(VA Health Care)
『Eating well: supporting older people with dementia Practical guide』(Caroline Walker Trust)
認知症の方との食事での注意点

認知症の患者さんと食事をともにするときには、いくつか心がけたい点があります。
本人の意思を尊重しつつ、栄養面にも配慮することで、食事の質を高めることができます。その際に特に意識したいのは、食べることへの促し方、本人の嗜好やニーズへの対応、そして1日の食事量をどう確保するかという点です。ここでは、この3つの視点から押さえておきたいポイントを解説します。
食べることを無理強いしない
認知症の患者さんに強く食事を促すことは、かえって拒否感を強め、心理的な負担にもつながります。無理に食べさせようとするのではなく、いったん切りあげて時間を置き、あらためて提供するほうが受け入れられやすいこともあります。
一食程度であれば抜いても大きな問題はなく、間食や次の食事で補えば十分です。
ただし、複数回続けて摂取量が極端に減る場合は、かかりつけ医や介護スタッフに相談し、身体的な不調が隠れていないか確認することがすすめられます。
ニーズに応えすぎない
認知症では食へのこだわりが強くなることがあり、特定の食品ばかりを求める場合もあります。しかし、過剰な塩分や糖分を含むような偏った食事は糖尿病や心疾患など生活習慣病のリスクを高めることにもつながります。
本人の嗜好や意思を尊重しつつも、野菜・果物・タンパク質源を組み合わせて、できるだけバランスよく摂取できるよう工夫しましょう。
1日の食事量を減らさない
1回の食事で多く食べられなくても、1日全体で必要なエネルギーと栄養を確保できれば問題ありません。むしろ、少量をこまめにとる少量頻回食は認知症の方にも適しており、4〜6回程度に分けて食事や間食を摂る方法が推奨されています。
ヨーグルトや果物、クラッカー、栄養補助食品など食べやすい軽食を取り入れると、無理なくエネルギーを補うことができます。
食事の用意が難しいときの対処法

毎日の調理や献立づくりは、介護する家族にとって大きな負担となることがあります。認知症の患者さんの食事は、やわらかさや見た目、栄養バランスなどにも気を配る必要があるため、すべてを家庭で賄おうとすると無理が生じがちです。そのようなときには、外部の資源や市販の食品をうまく活用することで、栄養状態を保ちながら負担を軽減できます。
近年は、市販の介護食が普及しつつあり、選択肢も広がっています。農林水産省が推進するスマイルケア食は、かむことや飲み込むことが難しくなった方や低栄養になりやすい方を対象とした新しい共通ブランドで、容易にかめる食品から、舌や歯茎でつぶせる食品、かまなくても食べられる食品まで、段階に応じて分類されています。スーパーやドラッグストア、インターネット通販でも入手でき、在宅介護の現場で広く利用されています。
おいしさや食べやすさに配慮しながら、見た目にも工夫されている商品が多く、家庭でも取り入れやすい形になっています。こうしたレトルトや冷凍タイプの介護食を活用することで、調理の手間を減らしつつ、必要な栄養を摂取できます。
また、民間の宅配弁当サービスや、自治体が行っている配食支援を利用するのも有効です。栄養士が監修した高齢の方向けの弁当は、カロリーや塩分量が調整されており、栄養バランスがとりやすいよう設計されています。定期的に栄養バランスのとれた食事が届く仕組みは、家庭の負担を軽減しつつ、継続的な栄養管理を支える手段です。
自治体の配食サービスでは、在宅で暮らす単身で暮らす高齢の方や高齢の方のみの世帯が対象とされることが多く、利用回数や費用(一食あたり数百円程度)は地域ごとに異なります。利用を検討する際には、地域包括支援センターや役所の窓口、ホームページなどで条件や料金を確認しておくとよいでしょう。
さらに、食欲が落ちて主食や副菜が十分に食べられないときには、栄養補助食品を取り入れる方法もあります。飲料タイプの栄養ドリンクやゼリー、エネルギーバーなどは、少量でもエネルギーやタンパク質を効率よく補給できます。ヨーグルト、チーズ、ナッツなどの軽食をこまめに取り入れることも、1日の摂取量を確保する工夫です。
参照:
『スマイルケア食の取組について』(農林水産省)
『スマイルケア食の選び方』(農林水産省)
『食の自立支援事業(配食サービス)』(宇都宮市)
まとめ

食事は栄養を補うだけでなく、生活のリズムや楽しみを支える営みです。
しかし、認知症の方は、認知機能の低下や嚥下障害、心理的要因、味覚や嗅覚の変化によって、食事にさまざまな課題を抱えていることがあります。そのことを認識し、楽しく食事するためのポイントを心がけることで、食事はより豊かな時間に変えることができます。
調理や盛り付け、環境づくりに配慮しつつ、本人の好みを尊重しながら、栄養バランスのよい食生活を続けていきましょう。市販の介護食や宅配サービスの活用も、負担を軽減しながら食事を続けるために役立ちます。適切な知識と小さな工夫の積み重ねが、食事の質を高め、本人と介護する方の双方にとって、よりよい食の時間につながります。
参考文献
- 『認知症診療ガイドライン2017』(日本神経学会)
- 『All Is Not Lost: Positive Behaviors in Alzheimer’s Disease and Behavioral-Variant Frontotemporal Dementia with Disease Severity』(J Alzheimers Dis)
- 『Nutrition and dementia: a review of available research』(Alzheimer’s Disease International)
- 『認知症予防のための食事とは』(公益財団法人長寿科学振興財団 健康長寿ネット)
- 『地中海食の特徴』(公益財団法人長寿科学振興財団 健康長寿ネット)
- 『Dementia and Nutrition』(VA Health Care)
- 『Eating well: supporting older people with dementia Practical guide』(Caroline Walker Trust)