【専門医監修】認知症による妄想の様子とは?事例や原因、対処法を解説

【専門医監修】認知症による妄想の様子とは?事例や原因、対処法を解説


認知症は記憶力や判断力の低下といった認知症の中核症状だけでなく、BPSDという行動や心理的な変化も引き起こす疾患です。その中でも、妄想は家族や介護者にとって大きな負担となることがあります。妄想は、認知機能低下に加えて本人の不安や混乱が背景にあることが多く、対応を誤ると家族関係や介護環境に深刻な影響を及ぼすこともあります。

本記事では、認知症による妄想の症状、事例、原因、治療、そして具体的な対処法について解説し、家族や介護者が適切な支援を行うための知識を提供します。

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認知症による妄想とは?

妄想とは、ほかの方にとってはあり得ないと思えることを確信してしまうことです。周りが違うと説得しても受け入れられません。周囲の人が自分を陥れようとしていると思い込む「被害妄想」、何でも自分に関係があると思い込む「関係妄想」などは目にしたことがあるかもしれません。

認知症で妄想が生じる頻度は、全体の約25%と言われています。認知症のタイプによってみられやすい妄想の種類が分かれますが、物盗られ妄想、幻覚に伴う妄想や嫉妬妄想が認知症ではよく見受けられます。

認知症による妄想の主な症状

認知症による妄想の多くは被害妄想的で、「何か自分にとって良くないことが起こっている」という訴えが散見されます。これは、不安・恐怖・負い目などの負の感情や、現状に対する不満により、助けを求めたいという思いで発せられてしまうのかもしれません。

妄想の種類

物盗られ妄想

アルツハイマー型認知症でよくみられる症状に、物盗られ妄想があります。「自分の大切な財産を、誰かが、あるいは親族が盗んだに違いない」と信じてしまっている状態のことをいいます。

特に、アルツハイマー型認知症の初期から中期においては短期記憶が障害されます。どこに何を置いているのか、自分の財産の状況はどうなっているのかを正しく把握することが難しくなるため、「あるはずの通帳がない、誰かが盗んだに違いない」という認識に陥りやすいのです。妄想を伴う認知症のうち、約75%に物盗られ妄想がみられるという報告もあり、多くの方を悩ませる妄想の一つです。

幻覚に伴う妄想

レビー小体型認知症でよく見られる症状には、幻覚、特に幻視があります。幻視とは本来存在しないものが見えることです。

発症初期であれば、「そこに人影が見えるけれど、これはカーテンの影が人のように見えているだけで本当は居ないはずだ」と正しく認識できることもあります。しかし、認知症の進行にしたがって「死んだはずの妻がいる」「見知らぬ子どもたちが座敷で遊んでいる」などと、現実との見分けがつかなくなってしまいます。時には「誰かが自分の悪口を言っている」などと妄想的になることもあります。

レビー小体型認知症のうち、約60%に幻視がみられるという報告もあり、遭遇しやすい妄想の一つです。

嫉妬妄想

嫉妬妄想は、「配偶者が不貞を働いている」と確信する妄想です。特にレビー小体型認知症では、ほかの認知症に比べてこの嫉妬妄想が生じる割合が高いと言われています。

嫉妬妄想は夫婦間の格差や、患者さん自身の劣等感が関わっているとされ、「配偶者が不貞を働いている」と信じることにより自分の劣等感を解消しようとする心理が関わっていると考えられています。レビー小体型認知症では先に述べたように幻視・幻覚が出現するため、「誰かがいる、妻の浮気相手に違いない」と、自らの妄想をより強固に信じてしまうという悪循環になることもあります。

事例で学ぶ認知症の妄想

以下では、実際の外来での事例を、個人情報に配慮して一部変更を加えてご紹介します。

認知症の妄想事例1:物盗られ妄想

アルツハイマー型認知症と診断されている80代女性が、「お金がなくなった、家族が盗んだ」と激しく非難するようになり、家族が困って病院に連れてきました。本人は自分自身の財産状況を正しく把握しておらず、どこに物を置いたかもすぐ忘れてしまう状況だったので、実際の財産管理は家族が行わざるを得ない状況でした。

もともと他院で処方されていた抗認知症薬であるドネペジルが、興奮しやすい状態に繋がっていると考えられたため中止しました。さらにデイサービスを導入して家族との距離を取るとともにレクリエーションに時間を割くことで、これらの訴えを軽減させることができました。

認知症の妄想事例2:幻覚に伴う妄想

70代女性が「死んだ夫が毎晩枕元に立っている」などと言うので、家族が心配して病院に連れてきました。診察では、身体の動きのぎこちなさがあり、画像の検査などの結果もあわせてレビー小体型認知症と診断しました。抗認知症薬であるドネペジルの内服を開始すると、幻視の症状が緩和し、「死んだ夫が立っている」などと言うことが減りました。

認知症の妄想事例3:嫉妬妄想

レビー小体型認知症と診断されている70代男性が、妻の浮気を疑うようになり、買い物のため外出するたびに激しく怒るようになったので、妻が困って病院に連れてきました。抗パーキンソン病薬の調整と、向精神薬の導入を行い、デイサービスの利用を開始してもらいました。妻には、デイサービスに行っている間に用事を済ませてもらうようにしたことで、妄想で怒ることが減りました。

認知症で妄想があらわれる原因

妄想の原因は複合的です。以下の2つが大きく関与していると考えられます。

自分の身の回りに起こっていることを認識・理解するための能力の低下

記憶力、言語能力、視空間認知能力、注意力、思考の柔軟性など、さまざまな認知機能の低下によって、身の回りのことを認識・理解することが難しくなります。

これにより、どのような変化が起こるのかを嫉妬妄想で解説をします。

例えば、「夫が隣の奥さんと浮気している」などの妄想は、正常な社会的信念の獲得・維持が障害され、他者や社会との関わり(社会的関係)の解釈を間違えてしまっています。

社会的信念は、周囲の環境から自分にとって意味のある社会的情報を選択し、その内容から他者の意図や感情を推測するという過程に基づいています。

これらの認知、選択、推測の過程に歪みが生じるときに被害妄想的な概念が形成されます。自分にとって脅威となる社会的刺激に過度に囚われる(注意バイアス)、不十分な根拠から誤った結論へ飛びつく(結論への飛躍バイアス)、自らの不利益や失敗を他人のせいにする(帰属バイアス)、他人の心のうちを誤って推測する(心の理論の障害)などが深く関係しています。

現状に何らかの不満があり、充実した心理的状態ではないこと

今まで自分でできていたことができなくなることで、家族や社会に対して生じる喪失感などの負の感情や自己防衛反応が関係していると考えられています。こうした患者さんの自己肯定感を下げてしまうような要因を取り除き、できる限り生き生きと過ごせるような環境作りが有効でしょう。

認知症の妄想の治療法

妄想は、さまざまな要因が重なり合って生じるものであり、本人が強固に信じている妄想自体を取り消すことは容易ではありません。また、残念ですが現時点では妄想をきれいに取り除くような治療はありません。実際の外来では、妄想に対してこのようにアプローチをしています。

①妄想の原因となるような状況の解消
② 家族の負担になるような不穏な言動を減らす

薬物療法

薬物療法には抗認知症薬や抗精神病薬などが選択肢としてありますが、いずれも、様子を見ながら試行錯誤する必要があります。

NMDA受容体拮抗薬:メマンチン

メマンチンには、アルツハイマー型認知症の進行を抑制する作用、気分を少し穏やかにするような作用があります。気分を穏やかにすることで、家族の負担となるような不穏な言動を減らすことが期待されます。ただし、傾眠、めまい、便秘、頭痛などの副作用に注意する必要があります。

コリンエステラーゼ阻害薬:ドネペジル

ドネペジルには、アルツハイマー型認知症の進行を抑制する作用と、レビー小体型認知症の幻視を抑制する作用があります。幻視を抑制することで、妄想の原因を抑える効果を期待します。

ただし、易怒性・易興奮性などの副作用が生じることがあるので注意が必要です。

その他:非定型抗精神病薬(クエチアピン、オランザピン、リスペリドン、アリピプラゾールなど)、漢方薬(抑肝散など)

一部の精神科領域の内服や漢方薬に、不穏な言動を減らす作用を期待できるものがあります。ただし、日中の眠気などの副作用に注意する。特に、漢方薬の抑肝散は、低カリウム血症による脱力や不整脈などの副作用が生じることがあるため、定期的な血液検査をおすすめします。

リハビリテーションやレクリエーション

妄想に対して、薬を使わないものの中で確立した治療法はありません。

まずは妄想が出現する背景にある状況の解消を試みるのがよいでしょう。不安、興奮、うつ症状には、音楽療法の効果があるとされます。デイサービスのレクリエーションを利用する、といった方法を試みるとよいでしょう。

認知症の妄想が出てしまったときの対処法

妄想の症状が出現すると、家族にとっては大きな心理的負担となります。事実でないことを理由に批難されれば、苛立ってしまったり、相手を疎ましく思ってしまうこともあるかもしれません。また、認知症になる前のことを知っている家族であればこそ、「どうしてこんな風に……」という思いにもなるでしょう。

妄想は、周りを理解するための認知機能の低下や、充実した心理状態ではないこと

を背景にしているので、これらを理解することが、妄想の対処法のはじめの一歩になります。冷静に接しながら、症状を和らげるための治療を医療機関に相談したり、環境整備の相談を地域包括支援センターに相談するとよいでしょう。

患者さんを否定せず傾聴する

妄想を話し始めたときには、まず否定せず傾聴することが大事だと言われています。例えば、人の幻覚が見えている患者さんには「そんなのはいないよ」と言うよりも、「そうか、お座敷に人が見えるんだね」と本人の主張を受け止めるようにします。肯定も否定もせず、受け止める姿勢を保つとよいでしょう。

また、声のトーンも重要です。高齢者はそもそも聴力の低下で、特に高音を聞き取ることが難しくなります。また速いスピードの話では、理解が追い付かなくなります。ゆっくりと低い声で喋ることで、安心感を与えることができます。話の内容以前に、音としての快・不快も重要なのです。

妄想の引き金になるような行動に注意する

家族の態度が本人の孤立感を深めている場合があるので、そこは見直すようにしましょう。忙しい日常に加えて認知症の家族の介護をするのは心身の負担が大きいため、言葉や態度を強くしてしまうこともあります。その一方で、介護者の負担が増えて共倒れになってしまうパターンもあります。

妄想は家族に向かってしまうことが多いため、時間的・空間的に距離をとるのは有効でしょう。また、介護保険を利用して福祉サービスを活用することで、家族の負担を減らし、本人の妄想が出現する可能性を減らすことが期待できます。

ただし、介護への抵抗の強い患者さんでは注意が必要です。福祉サービスを利用すること自体に「自分を厄介払いしようとしている」などと抵抗する場合は、なかなか大変です。本人の元々の性格や認知症が出現する以前からの家族関係の影響もあるかもしれません。

まとめ


本記事では、認知症による妄想の症状、事例、原因、治療、そして具体的な対処法について解説しました。妄想は対処が難しい症状ではありますが、これらを理解・実践することで、介護負担の軽減が期待できます。ご参考になれば幸いです。

参考文献

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